TWO BLUES
二つのブルースが生まれるまで
――小樽の夜から始まった、僕の物語
小樽の夜、四人の男たち
北海道の3月。
スキーを楽しむために、四人の男たちが北海道を訪れていた。
その一人が、大阪で広告代理店を経営する車田宏章さんだった。
車田さんは毎年のように北海道へスキーにやってくる。そして、小樽に来れば立ち寄る店があった。
Rock City Bar「レノンセンス」。
ロック好きが集まる、小樽のバーだ。
その夜も四人はレノンセンスを訪れた。
ところが、店に入るとすぐに、二人はまだお腹が空いていたらしく、焼肉を食べに出かけていった。
店に残ったのは、車田さんともう一人の友人。
そして、そこにはもう一人、後にこの物語を語ることになる男がいた。
僕である。
まさか、こんなことになるとは
僕はレノンセンスの常連だった。
以前、この店のために曲を作ったこともある。
そんな僕を、マスターが車田さんに紹介してくれた。
大阪から来た広告代理店の社長さん。
最初は、そんな認識だったと思う。
僕は大阪の街も、大阪のブルースも好きだった。
だから、車田さんと音楽の話をしているうちに嬉しくなって、ついつい喋りすぎてしまった。
話の中で、車田さんの会社が創業40周年を迎えること、その記念に映画を制作する予定であることを聞いた。
そして、映画の挿入歌を作ってくれる人を探しているという。
そのときの僕は、「そうですか、すごいですね……」という程度にしか受け止めていなかった。
すると車田さんは、ご自身で書いた詩があるという。
「曲にできませんか?」
そんな話になり、僕のスマートフォンに詩が送られてきた。
このとき、僕はまだ知らなかった。
この一通のメッセージが、僕の生活をどれだけ賑やかにすることになるのかを。
もし知っていたら、もう一杯飲んでから返事をしたかもしれない(笑)
いや、そういえば、このとき車田さんに一杯奢ってもらったんだった(汗)
社長の詩に赤ペンを入れる男
送られてきた詩は、後に『60からのロスタイム』となるものだった。
最初のタイトルは『還暦過ぎれば人生ロスタイム』。
僕はその詩を読んで、少し意外な気持ちになった。
車田さんは、僕から見れば社会的に成功している人だった。
会社を長く経営し、創業40周年を迎えようとしている。
そんな人が、自分の人生を振り返っている。
これで良かったのだろうか。
いや、良かったんだよな。
僕には、そんなふうに自分自身へ問いかけている詩に思えた。
人生の答えを見つけて、自信満々に語っているわけではない。
むしろ、まだ答えを探しているようにも感じられた。
その感覚に、僕は惹かれた。
ただし、詩を曲にするとなると、別の問題がある。
そのままメロディーをつければいいというものでもない。
歌として伝わるように、言葉の流れや構成を考える必要がある。
つまり、僕が詩を編集することになる。
考えてみてほしい。
大阪の広告代理店の社長が書いた詩に、僕が手を入れるのだ。
これは、なかなかのプレッシャーである。
入社試験で社長の原稿を添削するようなものではないか。
しかも、僕はその会社に入社する予定すらない(笑)
それでも、僕は思ったことを伝えようと決めた。
車田さんの詩を読んで、この人とは本音で話せるような気がしていたからだ。
僕は早い段階で、車田さんにも遠慮なく意見を言ってほしいと伝えた。
お互いに思ったことを言い合って、いい曲を作りたかった。
もっとも、このときはまだ、どれほど遠慮のないやり取りが待っているかを知らなかった(笑)
僕が想像していた映画
映画の挿入歌を作る。
言葉にすれば大きな仕事のように聞こえるが、当初の僕は、その映画がどんなものなのかをよく分かっていなかった。
会社の創業40周年を記念する映画と聞いて、勝手にドキュメンタリーのようなものを想像していたのだ。
そして、その中で車田さんが挨拶をして、最後に『60からのロスタイム』をカラオケで歌う。
僕の頭の中では、そんな場面まで出来上がっていた。
だから、曲を作るときにも、どこかでそんな光景を思い浮かべていたと思う。
ところが、制作の途中で映画の台本が送られてきた。
読んで驚いた。
本格的な劇映画ではないか。
しかも、世界の映画祭への出展まで考えているという。
……ちょっと待ってほしい。
僕が想像していた記念映画とは、ずいぶん話が違う。
いや、正確に言えば、車田さんの話が違ったわけではない。
僕が勝手に、カラオケの場面まで想像していただけなのだ(笑)
正直、ビビった(汗)
だが、台本を読んで、もう一つ感じたことがあった。
車田さんによれば、物語の八割ほどは実話だという。
そこに描かれている人間関係や人生の出来事に、僕は自分自身の経験と重なるものを感じた。
歩いてきた道は違う。
置かれてきた環境も違う。
それでも、似たような経験をして、似たような痛みを知っているのかもしれない。
僕には、そう思えた。
車田さんの詩を読んだときに感じた親近感が、台本を読むことで、もう少し深いものになった気がした。
『60からのロスタイム』が生まれるまで
曲作りは、僕が一方的に作って終わり、というわけにはいかなかった。
車田さんにも、当然ながら自分の詩に対する思いがある。
僕にも、音楽としてこうしたいという考えがある。
だから、お互いに意見を出し合った。
まず、タイトル。
原詩の『還暦過ぎれば人生ロスタイム』を、僕は『還暦ロスタイム』にした。
ところが、車田さんから「還暦がダサい」という意見が出た。
なるほど。
そう言われてみれば、確かにそうかもしれない(笑)
こうしてタイトルは『60からのロスタイム』になった。
音楽についても、ギターをもっと前に出したいという希望があった。
僕はそれに応える形で、曲を作り直した。
詩を書いた人がいて、曲を作る人がいる。
クレジットにすれば、それだけのことだ。
でも、実際の制作現場では、そんなに単純ではない。
言葉も、メロディーも、歌い方も、納得できるところまで考える。
僕たちは、そうやって一曲目を形にしていった。
もう一曲、ですか?
『60からのロスタイム』が形になり、車田さんにも喜んでもらえた。
僕も、いい曲になったと思っていた。
すると、今度はもう一曲という話が出てきた。
車田さんは、別の詩を使った曲について、すでに映画監督から了解を得ていたという。
……僕が聞く前に、話が進んでいるではないか(笑)
こうして、二曲目の制作が始まった。
タイトルは『孤独と反省』。
この詩を読んだとき、僕はすぐに、自分自身の経験や思いと重なるものを感じた。
そこには、僕が実際に経験してきたことや、そのときに抱いた感情が詰まっているように思えたのだ。
そして、一つ気になったことがあった。
……これ、反省してないよな?(笑)
ひょっとして、反省したフリをしているのだろうか。
ところが、車田さんから思いがけない説明があった。
「反省は嘘という話です」
えっ、嘘なの?(笑)
車田さんによれば、『孤独と嘘』というタイトルにはせず、あえて『孤独と反省』にしたのだという。
なるほど!
反省したフリなのかと思っていたら、フリどころか、反省そのものが嘘だったのだ。
僕は思わず笑ってしまった。
スゲーっ!
さすが広告代理店の社長だと思った(笑)
考えてみれば、僕にも反省したつもりになっていたことがある。
そのときは、自分なりに反省していたはずなのだ。
ところが、後になって振り返ると、どうも反省していない。
いや、反省したつもりだったのだから、まったくの嘘とも言い切れない。
でも、結果として反省していないのなら、やっぱり嘘なのかもしれない(笑)
だから僕には、『孤独と嘘』ではなく、『孤独と反省』というタイトルが、妙にしっくりきた。
この詩に共感したのは、きっと、そんな自分自身を見つけてしまったからなのだと思う。
そして、この詩には、笑って済ませられない思いも込められているように感じた。
本音をぶつけ合うことが信頼だと思っていた。
それなのに、友人が離れていってしまう。
人の嘘によって、どん底に落とされたことがある。
納得できない。
でも、いつまでもそこにとどまっているわけにもいかない。
仕方がないのかもしれない。
そう思おうとしても、簡単には割り切れない。
僕には、その複雑な気持ちがよく分かった。
二人の人生は違う。
でも、同じようなところで傷つき、同じようなことを考えてきたのかもしれない。
だから僕は、この詩も大切な曲にしたかった。
小樽のエセ関西人、指導を受ける
『孤独と反省』について、僕は一つ提案をした。
関西弁にした方がいいのではないか、と。
その方が、この詩にある本音や人間臭さが、もっと伝わるような気がしたのだ。
車田さんは、それに応えて関西弁の詩を書いてくれた。
ただ、そのままでは歌詞として少し長い。
そこで僕は、自分なりの解釈で短くし、歌としての構成を考えていった。
ところが、ここで思わぬ問題が発生した。
僕の関西弁である。
僕は北海道の人間だ。
関西弁の雰囲気は分かるつもりでも、細かな言い回しとなると、どうにも怪しい。
そこへ車田さんから指摘が入る。
いつの間にか、歌詞の編集作業が関西弁の授業になっていた(笑)
ちなみに、車田さんはもともと京都の出身だという。
大阪弁と京都弁には違いがあるのだろう。
しかし、僕にはその区別もよく分からない。
そもそも関西弁にしようと言い出したのは僕なのだ。
自分から始めたこととはいえ、なかなか大変な授業になってしまった(笑)
ただ、僕たちは冗談を言うために歌詞を直していたわけではない。
言葉の響きや意味を確かめながら、少しでもいい歌にしようとしていた。
その作業を後から振り返ると、なぜか漫才のようになっているのである。
僕はボケているつもりはない。
至って真面目なのだ。
それが一番の問題なのかもしれない(笑)
今度は曲にツッコミが入る
歌詞だけではなかった。
メロディーや歌い方についても、車田さんから率直な意見が届いた。
実は『孤独と反省』には、僕がかなり気に入っていた初期のバージョンがある。
僕としては、なかなかいい出来だった。
ところが車田さんは、『60からのロスタイム』と雰囲気が似ていると感じたらしい。
もっと泥臭く、語りかけるような歌にしたい。
そんな方向で、再び曲を作ることになった。
そして、別の試みを聴いた車田さんから、今度は「ロボットみたい」という感想が来た。
……なかなか手厳しい(笑)
しかし、ここで大切なのは、車田さんが遠慮せずに本音を言ってくれたことだ。
僕が最初にお願いしたとおりだった。
もちろん、僕にも自分の考えはある。
いいと思ったものは、いいと思う。
違うと思ったことは、違うと言う。
でも、相手の意見を聞いて、もっと良くなると思えば、また作り直す。
二人とも、簡単には妥協しなかった。
そうやって何度もやり取りを重ねながら、『孤独と反省』も完成へと近づいていった。
振り返れば、歌詞では僕が関西弁を間違え、音楽では車田さんからツッコミが入る。
何とも賑やかな制作現場だった。
もっとも、僕たちはずっと真剣だったのである(笑)
二つのブルース
こうして生まれたのが、『60からのロスタイム』と『孤独と反省』の二曲だ。
一曲目は、人生を振り返りながら、これからをどう生きるかという歌。
二曲目は、人との信頼や裏切り、消えない痛みと向き合う歌。
僕には、そう聴こえている。
『60からのロスタイム』には、こんな言葉がある。
「残りの生き様が、懸命に生きてきた証となるだろう…」
人生は、まだ終わっていない。
一方、『孤独と反省』では、過去の出来事に完全に納得できたわけではない。
それでも、人間というものを受け入れようとしている。
僕は、この二曲がまったく別の歌だとは思っていない。
むしろ、同じ人間の中にある二つの思いのように感じている。
過去を抱えながら、それでもこれからを生きていく。
そんな二曲を、車田さんと一緒に作ることができた。
もちろん、僕たちが最初からそこまで考えていたわけではない。
小樽のバーで偶然出会い、一つの詩から曲作りが始まり、気がつけば二曲になっていた。
人生というのは、本当に不思議なものだ。
59からのスタートアップ
車田さんが書いた詩から生まれた曲のタイトルは、『60からのロスタイム』。
人生を振り返り、残された時間をどう生きるかという歌だ。
でも、僕にとって、あの出会いは少し違う意味を持っていた。
僕は59歳で、思いもしなかった新しい挑戦を始めることになった。
映画音楽を作り、二曲を世の中へ届けることができた。
そして、これから先に何が起こるのか、僕にもまだ分からない。
考えてみれば、僕にとってこれはロスタイムではなかった。
『59からのスタートアップ』だったのだ。
あの夜、レノンセンスで車田さんと出会っていなければ、今の僕は何をしていただろう。
実は、僕は前日の3月25日にレノンセンスへ行くつもりだった。
ところが、その日になって突然、「やっぱり明日にしよう」と予定を変えた。
もし、予定どおり25日にレノンセンスへ行っていたら、翌26日には行かなかっただろう。
そうなれば、車田さんと出会うことも、この二曲が生まれることもなかった。
たった一日、予定を変えただけ。
あのときの僕に、今なら言ってやりたい。
「よくぞ、明日にした!」と(笑)
そう考えると、人生はつくづく面白い。
そして、これからも面白いことが起こりそうな気がしている。
だから――
おそらく、僕にはロスタイムは訪れないでしょう(笑)
To be continued...